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政治と金?

政治と金で日本沈没

 日本の国の変な事の一つに選挙運動が有る。
小選挙区制になったときに政党助成金を税金から払うという事になったのは良いが、選挙の時に大疑問なのは選挙カーの登場だ。
ウグイス嬢が登場し、

○○!○○でございます!
○○党!○○!ありがとうございます!ありがとうございます!
○○!○○!をよろしくお願いをいたします

という名前の連呼に意味があるのか?という事である。

私たちが知りたいのは、その候補者が何をやったのか、又、何をやりたいのかである。

車を借り、ガソリンを振りまき、候補者の名前を連呼する事だけの為に果たして幾ら使っているのだろうか?

小沢氏の4億円、5億円の費用を前年に費用計上していない事で政治家生命を絶つというのはなにやら他の目的があるとしか考えられない。

選挙期間中のホームページの更新は公職選挙法の違反になるらしい。正に本末転倒とはこの事だ。

あんな無駄な選挙に一体幾ら使っているのだ?

方や政治と金は悪であると言う

本来なら日本を立て直した政党に何か賞金でも上げるべきだ。
その中の功労者ならより大きな賞金を上げても良い。

1990年迄。竹下登あたりまでで日本の政治は終焉したと言える。最大の問題児だったのは平成の高橋是清とうたわれた宮沢喜一だった。
英語力を買われ、財政通と言われたが、彼の決断力のなさが結局日本を滅ぼした。(Wikipediaを見ると酒乱だと書いてあるのは以外だった。)

草場の陰で橋本龍太郎と泣いているかもしれない。

その時も政治と金が吹き荒れた。
金丸が捕まり、政治家達が言ったのは選挙制度の問題というすり替えだった。中選挙区制から小選挙区制にすれば政治と金の問題は片付くと言ったのは1995年頃だったか。

そして日本の税収は右肩下がり、支出は右肩上がり、
借金の山をこさえている。

民主党政権になり、最も大きな問題は

問題が見えていない

事だ。

鳩は巨大な借金を作り、アメリカとの関係をぶち壊し、中国には足下を見透かされ、ロシアは隙を見て自分たちの取り分をかっさらおうとした。

財政支出を子供手当や福祉にばらまくのも意味もない。

支持政党は無い。

よくよく考えてみれば中選挙区にしたほうが良かったんじゃないの?と最近よく思う。

政治家は嘘と問題のすり替えばかり。

37兆円の税収の内、27,4兆円が公務員の給与だと思うと、彼らの保身が目的だと勘ぐるのも仕方有るまい。

日本が破綻すれば公務員も首を切られるのに…。

音楽の未来

坂本龍一韓国無料ライブ公開について

平成23年1月9日(日) 坂本龍一の韓国でのライブをUSTREAMで無料公開した。

ライブと共にリハーサルから撤収までを公開するという新たな試みをやっていた。
特に裏方を見せるのは有る意味面白かったと言える。
坂本龍一のリハはまどろむ感じで止めどない音をひきこんでいた。
極めて日本人的な叙情的な音使い。派手さは無いが自分の音を完全に持ったミュージシャンになった。

坂本龍一はネットを早くから使いネットテクノロジーに入り込んだ一人だった。しかし、音楽がデータ配信されるようになり収入としての音楽の未来に危機感を持ったと思う。
しかし、それで終わらず今回の挑戦をした事はやはりただの音楽家では無い。

http://www.ustream.tv/channel/skmts

音楽のビジネスモデルはネットの登場で激変した。
音楽ほどテクノロジーの影響を受けたものは無いかもしれない。

レコードの時が最も音楽産業が充実していた時だろう。
人々は高額なステレオを買い、ビートルズが世界中の音楽やライフスタイルを変え、ジャズは進化し、創造的な音楽が世界を席巻した時代が有った。

有る意味時代は残酷で、その価値観で育った人々の生き方さえ陳腐化させてしまう。絶対的な価値観が崩壊するのは人として悲しい事の一つだと思う。

レコードからCDになり、CDからデータになった。
ネットの登場と共にナプスターというP2Pという技術が出来、
ファイル交換が可能になると音楽は相互にやりとりするものになり、ビジネスとしての音楽の収益モデルが崩壊しだした。

結局、それは創造性のある音楽家達の収入の道を閉ざし、ビジネスとしての音楽しか残らない状況になりつつある。

今回の坂本龍一の試みはある意味今後を占う上で面白いかもしれない。ライブが見られるのもそうなのだが、音楽家がどこに居てもジャムセッションとか出来そうだ。

ライブはパブリックビューイング等で配信する事も可能になるかもしれない。そうなると音楽家達は又収益を得るチャンスが出てくる。

音楽は人の心を打つ事を思うと、単なる可愛い子ちゃんやかっこいい男が歌い踊るだけでなく、深く心を打つ音楽家達が生きられるチャンスを与えて欲しいと思う。

やはり自然と共に音楽は心地よい。

2011年に向けての抱負

日本沈没に向けて

 一昨年の民主党政権への政権交代の影響がかなり出始めている。
基本的に日本は危険水位を超えたと考えている。

財務省のグラフを見ると傾向が顕著だ。
http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/003.htm

民主党になってから日本は転落に加速が掛かっている。
グラフを見ると民主党議員が何を言っても空虚にしか聞こえない。
私に支持政党は無い。しかし、民主党に日本経営は出来ない事がはっきりした。

こうなると最早総力戦で日本の立て直しをしないと無理なのだが、
さあて、日本人が問われてきている。

私自身、実は日本の素地は悪くないと考えているが、実は精神構造に問題がある。足を引っ張る、老人の強欲、既得権を手放さない等だ。

成長分野にパラダイムシフトをしないと今後政府が破綻する。老人も若者も両方が足を引っ張り合う時代に突入する。

私は移民を賛成している訳では無いが、移民を受け入れないと日本の再生は難しいところまで来たと思う。

反対する人々が多いのも知っている。
しかしならば、年金を放棄し、死ぬまで働き、延命せずにすぐ死ぬことを選択出来るか?と問わねばならない。
そうしないと若者達の未来が無くなる。

結局、日本型システムが最早古いのだ。
雇用するのでは無く、起業を目指すべきだが、日本は教育システムからそういう仕組みになっていない。
教育の目標が就職になっているからだ。
そして国民の側も雇用が無い事を嘆く。
皆、起業の訓練がされていないからだ。

但し、インフラを見ると日本のインフラは悪くない。
特にIT分野の発展は今後益々続く。
IP4はIP6になり、ネットワークは大きな拡がりを見せる。
この分野は様々な産業に波及する。

様々な家電とネットワークは融合しだす。
光ファイバーについて様々な議論があるが、私自身はやはり孫さんに近く、無線はあくまでその上に乗るべきだと考えている。
光の方が遙かに早く容量が大きく正確だからだ。

無線で十分だと言う人々は創造力がなさ過ぎる。
114のモデムから現在に至るまでネットの変遷がどのように進んできたか知らない人が言うセリフだ。

ネットの限界は確かにある。
それは存在感そのものにある。人はその場所にしか存在出来ない。

しかし、高齢者への分かりやすいインターフェースの提供、高齢者の命のつながり、ロボットとの融合、遠隔手術や遠隔住宅管理、様々な可能性を考えると光の方が遙かにメリットがある。

携帯電話と光では出来る事が違う。
無線は不安定さの問題や帯域の問題等、いずれ破綻するのは目に見えているからだ。

今後、益々ネットサービスは成長する。
表面的には便利になってもその裏の技術は益々複雑化し、サポートが無いと最早ビジネスが出来なくなる。
この分野は細分化が進む。

そしてパソコンとネットを使いこなせる側とそうでない側の二極化は今後益々進んでいく。

テクノロジーの発展やネットの成長と逆に日本のマーケット自体はどんどん縮小する。問題は縮小だけでは無く、生産人口の縮小と高齢化人口の増加だ。民主主義はその投票人口年齢の状況が国政に影響する。

そして日本は年金と共に沈んでいく。

私は先進国と後進国の状況が分かる。
もし、日本が貧しい国になった時にどうなるかというと、
後進国と同様の事が起きる。

出来る人間は国外に脱出するかその用意をするだろう。
ユニクロや楽天はもうその用意をし始めている。

ソフトバンク、ユニクロ、楽天あたりはホリエモンを見て、日本の政治を見限ったのかもしれない。
政治が駄目になり国が衰退し始めると皆、自分の事しか考えなくなる。実はそれは老人から始まっていたりする。
特に役人がひどい。

本当にこの国をどうにかするにはやはり政治的な解決が不可欠なのだが、人口形態が高齢化していく日本が革新的になるのは難しいのかもしれない。

実は先進国は社会資本が充実し、福祉政策が進めば進む程、孤独になっていく事を多くの人は知らない。

不遜だと言われるかもしれないが私は無駄に長生きはしたくない。
無理に生きているだけで医療費はかさむし、税金がかさむ。
自然に早くぽっくり死ぬ事を目指そうと思う。
それが若者達に対する礼儀だ。

ネットフロイド株式会社はやはり先端を行こうと思う。
今までの慣例や今までの仕組みとは決別し、新たな世界を追求する。ITと共にサービスを追求し、国際化を追求する事になるだろう。(実際にそういった動きが出始めている)

政治についての面白い動きは、大阪の橋下知事、名古屋知事、東京の知事の動きかもしれない。

東国原氏がどの程度の力量があるかは分からないが、日本に三都が出現すれば、地方の変革が加速する可能性がある。

ネットフロイドはまだ小さな細胞だが、来年は細胞分裂開始の年になるだろう。

ネットフロイド株式会社は、悲観主義の中上の乗った楽観主義で運営されている。

首を絞める地方

移転に伴う問題

 千葉への移転に向けて様々な問題がある。
会社も移転するのだが1月31日までにさいたま市の現住宅を出なければならない。

今、木更津への移転を色々進めているのだが、
仮住まいの確保にも結構困る状況が出てきている。

そもそも外部の人々を流入が大変面倒なプロセスを踏まなければならないのはいかがなものかと思う。

日本が疲弊し、地方が疲弊する。

様々な人々が活性化する策を取らないでどうやって地方を国を活性化させるのだろう。

移転するのにも一苦労するのにはあきれるしかない。

それは又、それだけシステム化されていない事を意味する。

日本は変えられる所が実は沢山ある。

まあ、この国はそんなものだろう。
自社の場所を確保したら本当の改革に取り組むつもりだ。
まあ、あきれる事が沢山ある。

大宮駅に行く途中の店が…

閉店したようだ

コーヒー豆を焙煎して売るお店だった。
たびたびそこでコーヒー豆を購入したのだが、多分開店して4年目位だろうか、棚がからっぽになり、店先の焙煎機がぽつんと残っていた。

いつも思う。
なぜ閉店せざるをえなかったのか?

店を出すにも、店の賃貸の保証金、改装費、運転資金を考えると最低でも1000万円程度は必要になるだろう。

そこから利益を上げる作業が始まる。

極端に簡単に言えば

利益>経費

となればビジネスは成立する。

利益<経費

となるから成立しなくなる。

いつも思うのは現在のビジネスモデルである。
結局、現在起きている事は従来型ビジネスモデルの崩壊だ。
いつも思うのは最大の原因は人口構造の変化だ。
それはじわじわとやってくる。

貴方の周りを見回してみると良い。
皆、老人ばかりだ。

知らない内に老人ばかりになり従来型のビジネスは最早通用しなくなってきている。しかし、その変化に気づいていないのだ。
人口構造の変化など80年代から言われて来ていた事なのだが、その対応が出来ていない事でビジネスモデルの崩壊が起きている。

東京の中落合が住んだ中で最も不便だった事と都市生活の崩壊は無縁では無い。
私自身は途上国の悲惨さを知っているが故に日本が途上国化する事には反対だ。日本人が移民に否定的なのも私情としては分かるが最早この国を日本人だけでどう立て直せるのか、もうそのラインは越えてしまったと考えている。

日本人だけで住む事を日本人が決定するならば極貧を受け入れねばならない。

いや実はもう日本人は力を失いつつある。
他国人が最早日本で力を付けつつある。

まあ、地球的規模で考えればそれも良いとも思う。
愛国的に考えればそれは否である。

ならば日本人としてどうするのか、私は逆明治維新の時代が来ていると考える。地域が特色を持って生き延びれば良い。
外国と仲良くする県が有っても良いだろう。
そうでない県が有っても良い。皆、自分が住みたい地域に行けば良い。それで再度日本が競争し、その後、大政奉還をすれば良い。

地球的規模で考えれば民族など取るに足らぬ。
皆が平和で幸せに生きられるような環境を整えれば良いと思う。

集中と分散

今と幕末期の違い

 日本の閉塞感は政治機能不全によるものだが、それは地方にとっても同様だ。私自身はさいたま市で起業したのだが、さいたま市の事業、もしくは関連事業で実際に上がった成果は、顧問弁護士との出会いだけだった。

起業するにあたって県関連施設に度々相談したが全くと言って良いほど意味が無かった。
NPO的に活動するSOHO組織の会員になったり、相談施設に行き起業相談したり、県のアイデアコンテストみたいなものにも応募した。しかし、そのどれも得た成果はゼロだ。

埼玉県は新都心を大きな収益構造の目玉にしたかったらしいが失敗している。

http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/saitama/100702/stm1007022157014-n1.htm

話はそれるが確かにさいたま市は大きく変貌した。
その昔、母が宇都宮の病院に入院しているときに 岩槻までしかICが無かった東北自動車道に乗るのに、下手すると都下から岩槻まで3時間くらい掛かったと記憶している。

大宮とか浦和というのは遠い場所という記憶しか無かったが、今は首都高が延び、湘南新宿ラインは有り、本当に便利になった。私が思うに、今は中央沿線よりも大宮は遙かに便利な場所になっている。しかも道路事情は東京よりも遙かに良い。

それらを考えると基礎条件は確実に良くなっているのだが、それに合う発想力がここでも無い。

日本は人間を活かす事が出来ない国なのだ!

私は運良く起業には成功し、これから安定的成長に向け向かうつもりなのだが、埼玉県やさいたま市に実は全く魅力を感じて居ない。

それがこのテーマ、集中と分散になる。

日本は幕末期、藩に分散していた権力と幕府間との争いが生じており、それを政府を樹立する事で中央集権的な組織にする事で国の分散化を防いだ。

今、中央集権政治が自壊しており、政治が動かない現状、やはり地方から再度やりなおす事が理想だと思う。

地方が再度力を持ち、競争する事で方向性が見えたら又中央で統治する仕組みが良いかもしれない。

私はアメリカが何故、建国200年位で世界一の強力パワーを持ち得たのか、政治、軍事、経済どれをとっても一流になり得たのか、そこに秘密があると考えている。

東京は強力だ。日本経済の中で今は他府県の3倍近い力を持っている。それは人間活動が強力という事だ。

しかし、今後、開発されていない県こそにチャンスが有る。
ゼロから設計すれば良い。アメリカ的に計画的に都市経済を創り上げればよい。人の居ない場所にきちんと道路を作る。産業を育てる。起業家を集める。快適な省エネ環境を持った住宅地を作る。
世界を相手に商売をする。

実は様々な工夫が可能だ。

これから日本は地方分権の流れに向かうだろう。
問題は人間の創造力と実践力だ。

グーグルの哲学

様々なイノベーションを生み出すグーグル

グーグルは情報や言葉、言語についてより掘り下げた仕組みを作り出している。現在、それは多方面に、よりグローバルに向かっている。

グーグルの中国撤退の表明と、グーグル翻訳は繋がっていると考えはじめている。

グーグルの翻訳精度が実はかなり上がっている。
(勿論、完全では無い。しかし、かなり高度な会話の補助的道具になりつつある。)

http://translate.google.co.jp/#

http://translate.google.com/support/toolkit/bin/answer.py?hl=jp&answer=147809

グーグルがもし他社のように自分たちの利益追求を考えているならば、何も今のように学術的な又、技術的なイノベーションや発明を生み出す必要がないだろう。

一部に大変不評なグーグルストリートビューについても、世界中の地図を実際の風景に置き換えるという、わざわざそんな行為を何故やる必要があるのか。あのような技術はアメリカ以外では生まれない。そういう意味でアメリカという国の潜在力は凄い。
(日本では生まれる風土すらないが、実はゼンリンの地図は世界的に見ても類の無い程精度が高い。もしゼンリンに志しが有り、地図と衛星写真を関連づけられる目的が有ればグーグルのやっていたことはゼンリンが出来た可能性もある。しかし、日弁連はグーグルのストリートビューに対し、プライバシーの意見書を提出。技術と利便性の対立、それは国家の技術対立とも言える状況になっている。インターネットのロボット検索を日本の法律が潰したのと同じような構図が見える。それは又、グローバルな視野を持つ企業や国家の哲学の違い、とどのつまり日本人の哲学が問われていると思うのだ。)

それはグーグルの探求心に他ならない。

Google の使命
http://www.google.co.jp/corporate/

グーグルの回し者と思われるかもしれないが、私自身、偶然と突発的なきっかけだったが、グーグルのすごさを身をもって体験している一人だから言える。

グーグル革命はビジネスモデルとして成立していなかったインターネットをビジネスモデルとして成立させた遠大な仕組みにある。
しかも、それを独占するのでは無くよりよきコンテンツを求め、創造し活動する人々に開放した。

ルールはより厳格化してきているが、参入ハードルを下げ有る意味誰でもそこに参加出来る。そこが世界中の政府・企業よりも画期的であり真に革命的なのだ。

インターネットは言葉の道具である。
その言葉をキーに求めている人と求められている人を結びつける仕組み作りに成功した。従来型のメディアでは考えられない仕組みだ。

勿論、グーグルの存在自体が現在パワーになっているのは認めるし、正直、恐怖も感じる。
しかし、グーグルはその自分たちのミッションに忠実であろうとし続けているし、様々な勢力が存在するなか特定の勢力に媚びを売るという姿勢には現在もなっていない。

それも又素晴らしい。人間が権力を持つとどうしても特定の勢力と結びつきたがる。しかし、グーグルの理事達はその道を選択していない。その姿勢にグーグル経営陣の哲学を心より感じる。
彼らは崇高であるし、今後も是非そうであって欲しい。
そうであってこそ人種や言語を超え賞賛し協力する人々が出現する筈だ。

Eric Schmidt -- エリック シュミット - Google Inc.
Sergey Brin -- サーゲイ ブリン - Google Inc.
Larry Page -- ラリー ペイジ - Google Inc.
John Doerr -- ジョン ドエール - Kleiner Perkins Caufield & Byers
Ram Shriram -- ラム シュリラム - Sherpalo
John Hennessy -- ジョン ヘネシー - スタンフォード大学
Paul Otellini -- ポール オッテリーニ - Intel
Shirley M. Tilghman -- シャーリー M. ティルマン - プリンストン大学
Ann Mather -- アン メイザー

それは検索結果において特定の勢力のみに力を与えるのでは無く、信頼を置けるサイト(出来るだけ民主的な方法で)を上位に表示させるという姿勢にも現れている。検索エンジンはもはや駅のプラットフォームのようになっている。

グーグルの翻訳は今後より精度を上げ、多分、かなり高度な会話をリアルタイムで出来るツールを目指していると思う。そうなるとコミュニケーションのあり方が変わる。

人間は言語が重要では無く、その人が何を考え、何をなしているか?、何をなそうとしているのか、が最も重要な事だと考えている。

何も出来なくても、出来る人が出来ない人々を支え、いつか出来ない人が出来る人になり、出来ない人を支えるという、そんな世界になれば良いと思う。

多分、後10年もしないうちに世界中の人間がかなり高度な会話をし始めると思う。

その時に問題になるのは国家の壁だ。
中国が意図的な制限を加えた場合に会話が成り立たなくなる可能性がある。もしくはビジネスをするにあたり国家が関与する可能性もある。その危機感を持ったのではないだろうか。

いずれにせよグーグルのような会社の登場は人類にとっての大きな力だと思う。大げさだと思う人もいるだろう。しかし本当の事だ。

私自身、いずれその証明をしたいと思っている。
グーグルは日本の独立行政法人や市の財団よりも、日本のどの企業よりも革命的なグローバル企業だ。グーグルに救われた人々が実は世界中で登場している筈だ。

私自身はグーグルのような大きな事は出来ないだろう。ただ、私が出来る精一杯の力で、よりよい世界を追求する為に残りの人生を賭するつもりだ。

このちっぽけな狭い島国の中で、私自身の運命がどの程度の力があるのか見てみたい。自分の為にでは無く、人の為にどれだけの事が出来るのか。何も出来ないかもしれないし、何も残せないかもしれない。自分が生きた痕跡すら無くなるだろう。でもそれで良い。この宇宙の中の運動の一つとしての自分が今存在している。ただ、それで良い。そのやろうという意志を自分が持ち、実践しているという事だけで良い。私の存在で救われる人が一人でもいてくれれば。
私を助けてくれた見知らぬ人々へ恩返しがしたい。
どのような心を持つのか。それが私の日々の葛藤であり命題だ。
その心が私が何をするかという行動に繋がる。
今日、又、1日を生きよう。

大変化時代

2008年に起きた金融危機。
表面上危機は去った。危機は乗り越えたと言っているが、
実は全くそういう事ではない。

実は世界的な大変動は各国を直撃する。

2008年まで、中国も日本も、アメリカ市場で物を売る事で、輸出企業が伸びたというよりもそれが国策だったと言える。
アメリカ人は、様々な金融。又、クレジット社会にする事で未来に入る収入を先取りする事で旺盛な消費をしていた。
しかし、そのビジネスモデルが崩壊した。

アメリカは論理的な国家として強力ではある。
しかし、製造業を復活させるには長い時間が必要になる。

よくよく考えると、世界の成長はアジアで起きている。
先進国においては消費が爆発的に伸びる事は無い。
あなたの知り合いに聞くといい。何か欲しい物がある日本人は実はそう多くはない。

しかし、アジアは違う。
貧しいという事は欲望が高い。

現在、アメリカは延命装置を取り付け何とか呼吸をしているが、
もうアメリカは消費が出来ないと宣言した。

日本は小泉、ケケ中路線によりアメリカ追従をしてきたが、
グローバル化の流れは今後も止まらないだろうし、アメリカの力が弱まる未来、輸出の方向も変える必要がある。

世界は二番底に向かうという論評が増え始めている。
年末から来年また大嵐がやってくるかもしれない。

何とか嵐を乗り越え、その次に向かう準備は怠れ無い。

2009金融危機展望3月22日

今日は2009年3月22日(日)
日曜日という事で世界中が休日モードに入り、
表面上平静を装っている。

昨年9月リーマン破綻による金融危機の影響は様々な分野に影響し始めている。直撃を食らった事業者にとっては、この金融危機はあまりに急激で有り、もはや八方ふさがりの状況に陥っており、何とも声の掛けようが無い。又、それは私たちも同じだ。

有る意味、国際的な状況は私たちにも直撃する。私たち自身も方向転換を余儀なくされる。

何が起きたかについては、ほぼ総括出来た。

1-新自由主義による世界経済の破綻
簡単に言うと、小さな政府により規制を緩和し金融による世界制覇が終わったという事だ。
アメリカのシカゴ学派の影響下に居たネオコンによるアメリカに向けた資金収拾システムが破綻した。
日本では、ここのところさっぱり情報すら出てこない、小泉・竹中一派によるアメリカ献金システムが崩壊しはじめ、一部見直しが始まっている。

A)日米安全保障
しかし全ての根幹はここにある。アメリカが日本を守る理由は日本を利用する事である。理由無しにあなたは他人の家を守るか?
という事だ。

日本が本当に独立するには自国を自分で守らねばアメリカの影響下から抜け出す事は不可能であり、日本の今後はアメリカの影響下から簡単には抜け出せない。

2-日本の勢力

|-官僚従属勢力
自民党-|-対米従属勢力
|-対中対韓従属勢力

|-対中対韓従属勢力
民主党-|
|-対米従属勢力

政治は怖い。実は私たちが目にする情報はあまりに偏向しているか、事実ではない情報が蔓延している為に、何が正しいかの判断が出来ない。
よって、自民も民主どちらかを応援するというスタンスは取れない。但し、民主党の支援団体を見ると、民主の方向性がかいま見られる。
民主党については中国よりというよりも韓国寄りと言える。
又、皆さんは知らないだろうが、支援団体の中に

世界救世教いづのめ教団

世界救世教

という宗教団体が居る。
この宗教は、実は私の母が、私が子供の頃から狂信的に行っていた新興宗教団体なので、有る意味普通の人々よりも詳しい情報を持っている。この宗教は拝金宗教で有る。
実は、この宗教自体は893団体に乗っ取られ、分派を繰り返してきた。しかし、その本質は、相手を脅し、金を取る拝金宗教である。私の母は、その分派した

神慈秀明会

についていったが、水戸支店で脳溢血になった。

9歳の時に両親が別居し、その原因の一つはこの宗教である。
東京、中野坂上にあった教会の支部長であった。
○本○子は、現在、訴訟をおこされている。
(この人がまだ生きているのは驚異だ。もう90歳を超えているだろう。)

15歳の時、私の父は他界した。
実はその遺産が少なかったが、私が学校に行く位の少額のお金を残してくれたのだが、その遺産を私の母は、滋賀県の神苑という巨大な施設を作る為に献金した。もう40年近く前の話だ。
その○本○子に話をしにも行ったが、出した献金は戻らず、
私はその後、無宗教になった。
とにかく 何につけても 金 を搾取する拝金宗教だ。

まあ、私だけでは無く不孝になった人々を沢山排出する新興宗教である。

その宗教が民主党、支援団体の名前に入っているのを見た私は、
一気に民主党の後ろ盾に疑問を持つ。

私は政権交代が必要だと思っていた。今の自民党ではどうにもならんとも考えていた。しかし、民主の支援団体を見ると…。
開いた口がふさがらない。
よって現在、民主党が政権を取る事に対し非常な危機感を持っている。

・日本をアメリカに売る勢力
・日本を中国に売る勢力
・日本を韓国に売る勢力
・日本を官僚に売る勢力

上記4つの選択肢であるならば、まだ官僚に売った方がましだと思うのはおかしいだろうか?
ただし、特定の党を支援している訳では無い。

なぜ?『なびシリーズ』

日頃より『なびシリーズ』ご利用ありがとうございます。

来年は無料のセミナーを開こうと思っていますが、その前に
なぜ、『なびシリーズ』に行き着いたかについて少し、
お話しよう。

なびシリーズの原点

『なびシリーズ』の原点は、私の営業経験にある。
その昔、住宅リフォーム業界に居た、私は、その契約締結に向け、
全力を注いでいた時期が有った。

およそ1年間、私は覚醒していた。がむしゃらに仕事し、がむしゃらに考え、がむしゃらに生きていた…。

詳細は下記参照
悪徳リフォーム その1

30代そこそこの年齢だったが、
如何に契約を取るか、又、どう契約率を上げるかを研究し、
当時、3割の成約率を6割以上に上げた事がある。

又、会社を大きくしていった背景には、その戦略が根本にあった。

今は住宅リフォームとは全く違う業種なのだが、

実は、営業の原点はどの商品でも全て同じである。
そのときに学んだ事が原点になる。
購買心理

において、重要な要素は、比較にある事に注目した。

人は物を買うとき、複数の選択肢の中から、出来るだけ
最善のものを選びたいという欲求がある。

営業マン時代、土日は1日4件のアポイントを作り、
飛び回ったのだが、そのとき、顧客の最大の関心事は、その商品が他のものと比べて、良いか、悪いか、高いか、安いかに集中するのである。

その『比較』をうまく説明できた時、契約はスムーズに取れ、
その説明がうまくいかない場合、顧客は決断出来ないのだ。

一見、『なびシリーズ』とは全く違うと思うだろうが、
実は、その事が原点である。

契約について、昔の上司は、契約締結者の技量を重視し、
(クロージングという)
クロージング者のテクニックが契約の可否を決めると言っていたし、それが当たり前という教育を受けた。

私はそれをまず変えていった。
(今で言う、創造的破壊なのだが、おかげで上司には恨まれた。
灰皿をぶつけられそうになり、会社を去るところまで行ったが、結局、当時の社長が私に別支店を開設し、その上司とは会う事も無くなり、思う存分、自分のやりたいように仕事を進めた。)

全体的に他のチームの成約率も、ほぼ3割で有り、
契約率を上げる事は非常に困難だった。

土日の時間は限られており、その時間に契約が取れないと成約率はもちろん下がるのである。

成約率を倍以上に上げる事に何故成功したか?

それは『見込み客』の見極めを明確にした。
言葉で言うのは簡単だが、実際には難しい。

営業会社はどこの会社も、営業トークを持っている。

まず、顧客にアプローチするのは今でも同じである。
直接いくのか、電話をするのか、チラシを巻くのか、宣伝するのか、いずれにせよ、何らかの方法で、顧客を捜す。

まず、営業の人間達は、皆、契約を取りたいという願望を持っている。これは面白いことにほとんど全ての人間が持っている欲求であり、会社は、それを元に、『契約』を正当化し、ある意味、言い方が悪いかもしれないが、営業マン達を洗脳していく。

ただ、こっちが契約が欲しくても、『顧客』が、その商品やサービスが必要なければ買うわけが無い。

顧客は別に、その営業マンの物など買いたくないのである。
営業マンは売りたい、顧客は買いたくない、ある種、クロージングの場は戦場的になる!(笑)

成約率が悪かった時には、営業マン達は自分の契約が欲しいがため、わらをもすがり、見込み客を報告する人間が多いのだ。

人間面白いもので、どんな人間でも、物やサービスを買うときには客になる。

自分が客になれば、どのような販売をされたら、気持ちよく商品が買えるか、立場を変え考えればよいのだが、高学歴・低学歴・若い人・年配、ほとんど全ての人が、自分の置かれた立場でしか、物を考えられなくなる。

人間は自分の立場によって、相手の立場を見失ってしまう動物なのだ。これは大変面白かった。

後述するが、組織内でも、同じ事が起こる。

部下だったものを、上司にさせると、途端に態度が変わる人間が出てくる。

なにやら偉くなったと勘違いする人間が現れたりするのだ。
組織はある意味、そんな人間達を、どうコントロールする場と化す。人間とは実に不可思議な動物である(笑)

比較は安心を生む

人間の購買プロセスの最終段階は、決断である。
自分が物を購入する場合でも、最後、どこで何を買うか決める。
その決断するまでのプロセスに何が必要かという事である。

インターネットが出来るまで、
商品の比較は、本 が主体だった。
今でも紙媒体の魅力は大きい。それはアナログではあるが、
情報を取得するのに、紙媒体はペラペラとめくる事が可能であり
直感的な把握はパソコンは紙にはかなわない。

しかし、ネットの登場により、その情報取得の方法が代わり始めた。

続く)

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