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グーグルの哲学

様々なイノベーションを生み出すグーグル

グーグルは情報や言葉、言語についてより掘り下げた仕組みを作り出している。現在、それは多方面に、よりグローバルに向かっている。

グーグルの中国撤退の表明と、グーグル翻訳は繋がっていると考えはじめている。

グーグルの翻訳精度が実はかなり上がっている。
(勿論、完全では無い。しかし、かなり高度な会話の補助的道具になりつつある。)

http://translate.google.co.jp/#

http://translate.google.com/support/toolkit/bin/answer.py?hl=jp&answer=147809

グーグルがもし他社のように自分たちの利益追求を考えているならば、何も今のように学術的な又、技術的なイノベーションや発明を生み出す必要がないだろう。

一部に大変不評なグーグルストリートビューについても、世界中の地図を実際の風景に置き換えるという、わざわざそんな行為を何故やる必要があるのか。あのような技術はアメリカ以外では生まれない。そういう意味でアメリカという国の潜在力は凄い。
(日本では生まれる風土すらないが、実はゼンリンの地図は世界的に見ても類の無い程精度が高い。もしゼンリンに志しが有り、地図と衛星写真を関連づけられる目的が有ればグーグルのやっていたことはゼンリンが出来た可能性もある。しかし、日弁連はグーグルのストリートビューに対し、プライバシーの意見書を提出。技術と利便性の対立、それは国家の技術対立とも言える状況になっている。インターネットのロボット検索を日本の法律が潰したのと同じような構図が見える。それは又、グローバルな視野を持つ企業や国家の哲学の違い、とどのつまり日本人の哲学が問われていると思うのだ。)

それはグーグルの探求心に他ならない。

Google の使命
http://www.google.co.jp/corporate/

グーグルの回し者と思われるかもしれないが、私自身、偶然と突発的なきっかけだったが、グーグルのすごさを身をもって体験している一人だから言える。

グーグル革命はビジネスモデルとして成立していなかったインターネットをビジネスモデルとして成立させた遠大な仕組みにある。
しかも、それを独占するのでは無くよりよきコンテンツを求め、創造し活動する人々に開放した。

ルールはより厳格化してきているが、参入ハードルを下げ有る意味誰でもそこに参加出来る。そこが世界中の政府・企業よりも画期的であり真に革命的なのだ。

インターネットは言葉の道具である。
その言葉をキーに求めている人と求められている人を結びつける仕組み作りに成功した。従来型のメディアでは考えられない仕組みだ。

勿論、グーグルの存在自体が現在パワーになっているのは認めるし、正直、恐怖も感じる。
しかし、グーグルはその自分たちのミッションに忠実であろうとし続けているし、様々な勢力が存在するなか特定の勢力に媚びを売るという姿勢には現在もなっていない。

それも又素晴らしい。人間が権力を持つとどうしても特定の勢力と結びつきたがる。しかし、グーグルの理事達はその道を選択していない。その姿勢にグーグル経営陣の哲学を心より感じる。
彼らは崇高であるし、今後も是非そうであって欲しい。
そうであってこそ人種や言語を超え賞賛し協力する人々が出現する筈だ。

Eric Schmidt -- エリック シュミット - Google Inc.
Sergey Brin -- サーゲイ ブリン - Google Inc.
Larry Page -- ラリー ペイジ - Google Inc.
John Doerr -- ジョン ドエール - Kleiner Perkins Caufield & Byers
Ram Shriram -- ラム シュリラム - Sherpalo
John Hennessy -- ジョン ヘネシー - スタンフォード大学
Paul Otellini -- ポール オッテリーニ - Intel
Shirley M. Tilghman -- シャーリー M. ティルマン - プリンストン大学
Ann Mather -- アン メイザー

それは検索結果において特定の勢力のみに力を与えるのでは無く、信頼を置けるサイト(出来るだけ民主的な方法で)を上位に表示させるという姿勢にも現れている。検索エンジンはもはや駅のプラットフォームのようになっている。

グーグルの翻訳は今後より精度を上げ、多分、かなり高度な会話をリアルタイムで出来るツールを目指していると思う。そうなるとコミュニケーションのあり方が変わる。

人間は言語が重要では無く、その人が何を考え、何をなしているか?、何をなそうとしているのか、が最も重要な事だと考えている。

何も出来なくても、出来る人が出来ない人々を支え、いつか出来ない人が出来る人になり、出来ない人を支えるという、そんな世界になれば良いと思う。

多分、後10年もしないうちに世界中の人間がかなり高度な会話をし始めると思う。

その時に問題になるのは国家の壁だ。
中国が意図的な制限を加えた場合に会話が成り立たなくなる可能性がある。もしくはビジネスをするにあたり国家が関与する可能性もある。その危機感を持ったのではないだろうか。

いずれにせよグーグルのような会社の登場は人類にとっての大きな力だと思う。大げさだと思う人もいるだろう。しかし本当の事だ。

私自身、いずれその証明をしたいと思っている。
グーグルは日本の独立行政法人や市の財団よりも、日本のどの企業よりも革命的なグローバル企業だ。グーグルに救われた人々が実は世界中で登場している筈だ。

私自身はグーグルのような大きな事は出来ないだろう。ただ、私が出来る精一杯の力で、よりよい世界を追求する為に残りの人生を賭するつもりだ。

このちっぽけな狭い島国の中で、私自身の運命がどの程度の力があるのか見てみたい。自分の為にでは無く、人の為にどれだけの事が出来るのか。何も出来ないかもしれないし、何も残せないかもしれない。自分が生きた痕跡すら無くなるだろう。でもそれで良い。この宇宙の中の運動の一つとしての自分が今存在している。ただ、それで良い。そのやろうという意志を自分が持ち、実践しているという事だけで良い。私の存在で救われる人が一人でもいてくれれば。
私を助けてくれた見知らぬ人々へ恩返しがしたい。
どのような心を持つのか。それが私の日々の葛藤であり命題だ。
その心が私が何をするかという行動に繋がる。
今日、又、1日を生きよう。